2025年5月24日土曜日

空白の夏

 

 蝉の声が降り注ぐ中、俺は冷房の効いた図書室で、哲学書を読んでいた。正確には、読んでいるふりをしていた。開かれたページからは何も頭に入ってこず、ただ文字の羅列が視界を滑っていく。高校三年生の夏休み。進路という名の重圧と、漠然とした将来への不安が、俺の心を覆っていた。

「おい、ユウ。またそんな難しい本読んでんのか?」

顔を上げると、クラスメートのハルキが、いかにも退屈そうな顔で俺を見ていた。バスケ部のユニフォームは汗で湿り、見るからに活発そうな奴だ。

「別に。暇だったから」

俺は素っ気なく答えた。ハルキは俺の隣の椅子に腰を下ろし、肘をついて机に頬杖をついた。

「相変わらずだな、お前は。夏休みだぞ? もっとこう、青春しようぜ、青春」

「青春ってなんだよ。お前みたいに毎日バスケしてれば青春なのか?」

「少なくとも、意味わかんない本読んでるよりはマシだろ」

ハルキは笑った。その屈託のない笑顔が、妙に俺の神経を逆撫でする。

「意味わかんないって言うな。俺は、人生の意味ってやつを探してるんだよ」

「人生の意味? 何それ、面白いの?」

「面白くない」

俺は即答した。実際、面白くなかった。哲学書を読めば読むほど、人生は不条理で、無意味で、ちっぽけなものに思えてくる。漠然とした不安の正体が、この「無意味さ」にあるのではないか、とさえ感じていた。

「ふーん。まあ、お前らしいな。俺はさ、別にそんなこと考えたことないけど、毎日楽しく生きてるよ」

ハルキはあっけらかんと言った。その言葉が、また俺の胸にチクリと刺さる。こいつは、俺が悶々と考えているようなことを、少しも気にせずに生きている。それが、羨ましくもあり、腹立たしくもあった。

「お前は能天気でいいよな」

「褒め言葉として受け取っとくわ。なあ、今からバスケしない? 外、誰もいないぞ」

「いいよ」

俺は即座に断った。外は灼熱の太陽が照りつけ、運動する気など微塵も起きなかった。何より、今はハルキと話す気分ではなかった。

ハルキは「そっか」と残念そうに言って、立ち上がった。

「じゃあな。また明日な」

明日。明日も、この無意味な問いを抱えたまま、この夏を過ごすのか。俺は、開かれた哲学書に視線を落とした。

その日の夜、俺は屋根裏部屋にいた。そこは、昔から俺の秘密基地だった。埃っぽい段ボール箱の山に囲まれ、古びた扇風機が唸る。天井近くの小さな窓からは、星が瞬いていた。

俺は、小学校の頃に描いた絵が出てきた箱を開けていた。色褪せたクレヨン画。家族で出かけた動物園の絵。未来の自分へのメッセージが書かれたタイムカプセルの手紙。

「将来の夢は、世界を平和にすること!」

歪んだ文字でそう書かれた手紙を読んで、俺は小さく息を吐いた。世界を平和に、か。ずいぶんと壮大な夢を抱いていたものだ。今の俺は、自分の人生の意味すら見つけられないのに。

その時、段ボールの奥から、小さな木箱が出てきた。見慣れない箱だ。蓋を開けると、中には一枚の写真と、古びた手帳が入っていた。

写真は、若い頃の祖父と、見慣れない女性が写っていた。二人とも、とびきりの笑顔で、背景には異国の風景が広がっている。祖父は、俺が物心つく前に亡くなったと聞いている。物静かで、あまり多くを語らない人だったと、母は言っていた。

手帳には、祖父の筆跡でびっしりと文字が書かれていた。日記のようだ。

ページをめくると、それは祖父が若い頃、世界中を旅していた時の記録だった。知らない土地での出会い、文化の違いに驚いたこと、困難に直面しながらも乗り越えていった経験が、生き生きと綴られていた。

俺の目が止まったのは、ある日の記述だった。

「今日、マリアと出会った。彼女は、私に人生の美しさを教えてくれた」

マリア。写真の女性だろうか。手帳を読み進めると、祖父とマリアの間に、淡い恋心が芽生えていったことが分かった。しかし、二人の関係は、突然終わりを迎える。マリアが、ある日突然、姿を消してしまったのだ。手帳には、祖父の深い悲しみと、それでも前を向こうとする決意が記されていた。

「マリアは、私に、人生は常に変化し続けるものだということを教えてくれた。そして、どんな困難があっても、そこから何かを学び、成長していくことこそが、生きる意味なのだと」

その言葉が、俺の胸にストンと落ちてきた。人生の意味。俺は、答えを求めてばかりいたけれど、祖父は、意味とは「見つけるもの」ではなく、「作り出すもの」だと、無言で語りかけているようだった。

次の日、俺は再び図書室にいた。しかし、今度は哲学書ではない。世界史の教科書を開き、祖父が旅した国の歴史や文化を調べていた。祖父が見たであろう景色、出会ったであろう人々を想像するだけで、俺の胸は高鳴った。

そこに、ハルキがやってきた。

「なんだ、今度は世界史か? ついに諦めたのか、人生の意味ってやつ」

「諦めてない」

俺はハルキに、昨日見つけた祖父の手帳の話をした。祖父が世界中を旅し、様々な経験を通して人生の意味を見出していったこと。そして、マリアという女性との出会いが、祖父の人生に大きな影響を与えたこと。

ハルキは、珍しく真剣な顔で俺の話を聞いていた。

「へえ、おじいちゃん、すごいな。で、お前は人生の意味、見つかったのか?」

「まだ。でも、少し分かった気がする」

俺は、天井を見上げて言った。

「人生の意味って、最初から決まってるものじゃなくて、自分で見つけていくものなんだなって。経験を通して、出会いを通して、少しずつ形作られていくものなのかもしれない」

「なるほどな」

ハルキは頷いた。

「つまり、俺が毎日バスケしてるのも、意味があるってことか?」

「お前がそう思えば、な」

俺は笑った。ハルキも、つられて笑った。

「なあ、明日、海に行かないか?」

ハルキが突然言った。

「海? 何でまた」

「なんか、急に行きたくなったんだよ。人生の意味はわかんねえけど、とりあえず、今この瞬間を楽しむことはできるだろ?」

ハルキの言葉に、俺は少し驚いた。いつも「能天気」だと思っていたハルキが、俺の言葉に触発されて、何かを感じ取っているように見えたからだ。

「いいよ」

俺は頷いた。哲学書を読み漁るだけでは見つからなかった答えが、もしかしたら、ハルキと一緒に海に行くことで、少しだけ形が見えてくるのかもしれない。

翌日、俺とハルキは、電車に乗って海へ向かった。窓から見える景色は、昨日までと何も変わらないのに、俺の心はどこか弾んでいた。

海は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。波が打ち寄せる音、潮の香り。すべてが新鮮に感じられた。

俺たちは、波打ち際を歩いた。ハルキは、はしゃぐ子供のように、波と戯れていた。俺は、そんなハルキの様子を、どこか冷静に見つめていた。

「なあ、ユウ。お前、何か変わったな」

ハルキが、突然真面目な顔で言った。

「そうか?」

「ああ。前はさ、いつもなんか悩んでるって顔してたけど、今は、なんか、楽しそうっていうか」

「そうかな」

俺は、自分の顔を触った。楽しそう、か。自分ではあまり意識していなかったが、確かに、祖父の手帳を読んでから、俺の心境は少しずつ変化していた。

「なあ、ユウ。俺、さっきお前が言ってたこと、ちょっと分かった気がするよ」

ハルキは、遠くの水平線を見つめながら言った。

「人生の意味は、見つけるものじゃなくて、作り出すものなんだろ?」

俺は、何も言わずに頷いた。

「俺さ、バスケが好きで、毎日練習してるけど、別にプロになりたいとか、すごい選手になりたいとか、そんな明確な目標があるわけじゃないんだ」

ハルキは、少し照れくさそうに続けた。

「ただ、ボールを追いかけてる時が、仲間と一緒に汗を流してる時が、一番楽しいんだ。それが、今の俺にとっての、意味、なのかなって」

ハルキの言葉は、俺の心に深く響いた。人生の意味は、壮大な目標や哲学的な問いの中にだけあるのではない。目の前の小さな喜び、日々の積み重ねの中にこそ、それは宿っているのかもしれない。

その日、俺たちは日が暮れるまで海で過ごした。砂浜に座って、夕焼けに染まる空を眺めた。刻一刻と変化していく空の色は、まるで人生のようだと、俺は思った。

夏休みも終わりに近づき、俺は進路について、具体的な行動を始めることにした。大学に進学するのか、それとも別の道を選ぶのか。まだ明確な答えは出ていない。しかし、焦りはなかった。

俺は、祖父の旅の足跡をたどるように、いくつかの国について調べ始めた。いつか、自分も祖父のように世界中を旅してみたい。そして、そこで多くの人と出会い、様々な経験をしたい。それが、今の俺の、小さな「意味」だった。

ある日、俺は再び屋根裏部屋にいた。祖父の手帳を読み返し、改めてその内容を深く味わっていた。

「マリアは、私に、人生は常に変化し続けるものだということを教えてくれた。そして、どんな困難があっても、そこから何かを学び、成長していくことこそが、生きる意味なのだと」

この言葉は、俺に大きな勇気を与えてくれた。人生は、思い通りにならないことばかりかもしれない。それでも、その中に意味を見出し、前向きに生きていくことができる。

俺は、手帳の最後のページに、鉛筆で一言書き加えた。

「空白の夏。でも、これからの人生は、自分で埋めていく」

屋根裏部屋の窓から、秋の気配が感じられる風が吹き込んできた。新しい季節が、新しい始まりを告げているようだった。

俺は、もう哲学書に答えを求めることはしないだろう。代わりに、自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の手で触れて、人生の意味を「作り出す」旅に出ようと決めた。

ハルキとの友情も、俺の人生に新たな意味を与えてくれた。一人では見つけられなかった、かけがえのない価値。

高校生活は、まだあと半年残っている。その間に、どんな出会いがあり、どんな経験をするのだろう。不安もあるけれど、それ以上に、新しい日々への期待が膨らんでいた。

空白だった夏は、これからの俺の人生を彩るための、大切な余白になったのだ。



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Q 高等学校の国語の教科書に載せられるような、人生の意味を実感したり問い直したりできる小説を生成してください。4000字程度が望ましいです。読者層は高校生。その物語を読んで、自分の境遇やこれからの生き方を問い直すことができるような、胸を打つ物語にしてください


Geminiによる生成


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