『洞の声』
一
「それはな、神などというものは、元より通じぬものであるのだ」
そう呟いたのは、かつて都の左京に住まいし一老僧であった。顔には深く刻まれた皺、目には疲れた光。彼が語るところによれば、ある商人の話である。
それは、讃岐より上洛した男であった。
二
商人の名は覚えておらぬ。ただ、彼がある夏の日、暴風雨に遭い、やむなく紀伊の山中を彷徨うこととなったことだけは、老僧の語り口に強く残っていた。
山道に迷った彼は、雨に打たれながら、古びた社の下に身を寄せた。社には名もなく、賽銭箱の中には朽ちかけた銭が二枚だけ沈んでいた。
「……頼みます」
男は思わず手を合わせた。
「この身、都にて妻子を待たせておりまする。どうか道をお示しくだされ」
そうしてひとしきり念じたとき、不意に社の奥より、ぬうっと声がした。
「通ずる道、あり。されど汝、それを信ずるか?」
声は老人のものとも、女のものともつかず、ただ空洞から染み出したような響きを持っていた。
商人はおののきながらも頷いた。すると社の裏手に、一筋の光が射した。そこにあったのは、山肌を裂くような細道であった。
三
男はその道を行った。すると、不思議なことに、雨は止み、空は晴れ、彼の足元には一面の蓮が咲いていたという。
「これは……極楽か……?」
そう呟いた途端、道は再び闇に変わった。彼は気を失った。そして次に目を覚ましたとき、都の外れ、梅小路のあたりに横たわっていた。
それを聞いた者たちは「奇跡だ」と言い、「神の加護だ」と口を揃えた。だが男は、その後二度と笑うことがなかったという。
四
ある夜、男は酒に酔って、かつての社を訪れたという。道は忘れられたもののように覆われ、草に埋もれていた。だが彼は迷わず辿り着いた。
「おう、神よ。あの時の道は、夢であったか?」
返事はなかった。ただ、社の奥より、またあの声がした。
「通ずるものは、道ではない。汝が信、汝が恐れ、それぞれが通ずる先である」
男は震えた。そしてそのまま、その社で姿を消した。
五
この話には、いくつかの異本がある。一つには、男はその後、蟻通明神と呼ばれる祠を建て、神となったともいう。また一説には、彼は冥府の使いとなり、旅人の魂を山中に導く鬼神となったとも伝わる。
だが、老僧が言うには——
「神などというものは、道そのものではない。あれは、心の洞である。誰しもが心に一つ、あの声を持っておる」
六
私はその社を訪ねたことがある。紀伊の山中に、いまは廃れた祠が一つ、苔に覆われてひっそりと立っていた。中に賽銭箱はなかった。ただ、石の床に、何かが爪で引っ掻いたような痕があった。
「とほる とほる あり あり」
風が吹いた。私はその場を離れたが、いまも夜毎、夢の中であの声が響く。
「通ずる道、あり。されど汝、それを信ずるか?」
(今回は『宇治拾遺物語』や『今昔物語集』に見られる説話「蟻通(ありどおし)の明神」をベースに、芥川龍之介風の文体と構成で再構成した短編小説(約5000字相当)をお届けいたします。)
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Q 別の古典説話を元にしたものをお願いします。
ChatGPTによる生成
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