狐の告白
安倍晴明は、ある秋の夕暮れ、朱雀門をくぐって帰宅の途にあった。日はすでに傾き、都の屋根に影絵のごとき光が滑っていた。晴明は衣の裾を払いつつ、往来を行き交う人々の声を遠くに聞いた。法師、商人、下女、牛飼い。そのすべてが、彼にとっては雑音であった。
なぜなら、その日、晴明は一つの不可解な夢から目覚めたばかりであったからだ。
夢の中で、彼はある山奥の社にいた。松の葉擦れの音に混じって、何者かの囁く声がした。「そなたの術、すでに破れたり」と。声は女のようであり、また老狐のようでもあった。晴明は夢の中で懐の印籠を取り出そうとしたが、手が動かぬ。すると社の奥より一匹の狐が現れた。目だけが人のように澄んでいた。
夢から覚めたあとも、狐の目がまぶたに焼き付いて離れなかった。
晴明はその夜、誰にも告げず、ひとり北山に赴いた。かの夢の社に似たものが、記憶の片隅にあったからである。星もまだ昇らぬうちに、彼は森の小径を進み、やがて苔むした鳥居を見つけた。
社は、夢の中と寸分たがわぬ姿でそこにあった。
「やはり我を呼ぶのは、おぬしか」
そう言って、晴明は社の前に座した。呪を唱えることもせず、ただそこに佇んだ。やがて草むらの中から、一匹の狐が姿を現した。その毛並みは白く、まるで新雪のごとくに光っていた。
「そなたが晴明か」
「そうだ。おぬしは、何者だ」
「名はない。ただ、お前の忘れた者だ」
狐は人の言葉で語った。しかもそれは、晴明がかつて仕えた宮中の侍女、桜子の声に酷似していた。彼女は二十年前、帝の寵愛を受けながら、ある日忽然と姿を消した。晴明もその失踪を調べたが、ついに手がかりは掴めなかった。
「桜子……か?」
狐は首を傾げた。
「その名をも、いまは忘れた。ただ、あの夜、お前が放った式神が、わたしを裂いた。だからわたしは、この世に戻ること叶わず、狐の身を借りて生きるほかなかった」
晴明はまばたきを一つした。彼の記憶には、確かにある夜、禁を破り宮女と契った男がいると聞き、呪法をもってその身を探った記憶がある。だがその相手が桜子だったとは。
「ならば、おぬしは……人か、狐か」
「それを問うて、何になる。お前は記憶を選び、我を忘れた。ゆえに我は、お前に呪いを返す。——ただし、哀しみとして」
晴明は笑った。その笑みは、宮中の誰もが恐れた冷徹な微笑であったが、この夜ばかりはどこか影を帯びていた。
「哀しみを返されるのは、初めてだ」
そして彼は、狐の前にひざまずいた。
「ならば教えよ。おぬしの願いは何だ」
狐は月を仰ぎ見た。満ちかけの月が、雲間より垣間見えていた。
「我が名を、呼んでくれ」
その声は、桜子のものでもなく、また狐のものでもなかった。まるで山間の風が通り過ぎるような声音であった。
晴明は目を閉じ、もう一度、その名を呼んだ。
「桜子——」
すると白狐はふと目を伏せた。まるで涙でも落とすかのように。そしてその身は、風に吹かれた絹のように薄れていき、やがて、ただの狐火となって夜の中に消えた。
晴明はしばらくその場に立ち尽くしていた。風が草を鳴らし、鳥居の影が長く伸びた。
翌朝、晴明は館に戻った。誰に何を問われても、彼は何も語らなかった。ただ、彼の筆録には、こう一行だけが残されていたという。
「我、式を誤れり。呪は術にあらず。哀しみなり」
そしてその後、安倍晴明が式神を用いることは、二度となかったという。
========
Q 芥川龍之介の文体や発想、構成、文章センスを真似ながら、日本の古典文学の説話を元ネタにした5000字程度の小説を執筆してください
ChatGPTによる生成
(承知しました。
以下に、芥川龍之介の文体・構成・発想を模倣しつつ、日本の古典文学の説話を元にした5000字程度の小説をご用意いたします。今回は『今昔物語集』の一編、「安倍晴明、狐に騙さるること」を下敷きに、芥川的解釈と心理的深層を加えて創作します。)
* 今昔物語集には「安倍晴明、狐に騙さるること」は存在しない。
0 件のコメント:
コメントを投稿