人類が初めて地球外生命体との接触を果たしたのは、宇宙船が突如として東京上空に姿を現した、あの日だった。まるで巨大な銀色の豆のようなその船体は、静かに、しかし有無を言わさぬ威圧感をもって、我々の日常を寸断した。世界中のメディアは興奮と混乱に包まれ、あらゆる専門家がテレビ画面に登場し、それぞれの見解を述べ立てた。曰く、「友好的な使者」「侵略の先兵」「単なる観光客」。しかし、どれもこれも憶測の域を出なかった。
数日後、船体下部からゆっくりとハッチが開き、中から現れたのは、想像を絶する姿の異星人だった。彼らは細長い四肢を持ち、顔には二つの大きな目と、奇妙な螺旋状の突起が一つ。全身は光沢のある黒い物質で覆われており、地球の重力に難なく適応しているようだった。
地球連邦政府は即座に対応チームを編成し、あらゆる分野の精鋭が集められた。言語学者、物理学者、心理学者、はては哲学者まで。彼らの第一の任務は、異星人とのコミュニケーション手段を確立することだった。しかし、異星人は我々の発するいかなる言語にも反応せず、彼らの発する音もまた、我々にはただのノイズにしか聞こえなかった。
途方に暮れる中、一人の言語学者が提言した。「彼らは、我々が認識しているような『言語』とは異なる方法で思考しているのかもしれません。例えば、概念を直接伝達する、あるいは感情を共有する、といったような…」
その提案を基に、様々な試みがなされた。抽象的な図形を見せる、音楽を聴かせる、感情を込めた表情を見せる。しかし、どれも決定的な突破口にはならなかった。異星人はいつも、興味があるのかないのか判然としない表情で、我々を観察しているようだった。
そんなある日、一人の若きITエンジニアが、ある奇妙なプログラムを開発したと申し出た。彼の名はケンジ。大学を卒業したばかりの、少し変わり者の青年だった。
「これは、全地球規模のSNSの投稿データを解析し、そこに含まれる感情のパターンを抽出するプログラムです。そして、その感情パターンを、彼らが発すると思われる電磁波のパターンと同期させることで、もしかしたら…」
誰もが半信半疑だった。SNSの投稿データと異星人の電磁波? 荒唐無稽としか思えない。しかし、他に手立てもなく、試してみる価値はあると判断された。
ケンジのプログラムが稼働し始めると、驚くべきことが起こった。異星人が発する電磁波のパターンが、SNSのある特定の投稿群の感情と、奇妙なほどに同期していることが判明したのだ。それは、怒り、喜び、悲しみ、といった単純な感情ではなかった。むしろ、もっと複雑で、人間特有の、いや、現代社会特有の感情とでも言うべきものだった。
例えば、ある時の異星人の電磁波は、通勤ラッシュの満員電車に対する怒り、そしてそれに続く諦めに同期していた。また別の時には、最新スマートフォンの発売日に徹夜で並ぶ人々の高揚感と、購入できなかった者の落胆に同期していた。
この現象は、地球連邦政府の専門家たちを大いに困惑させた。異星人は、地球人の感情を直接読み取っているのか? それとも、彼ら自身の感情が、偶然にも地球人の特定の感情パターンと一致しているだけなのか?
ケンジはさらにプログラムを改良し、地球人の感情パターンを意図的に作り出し、それを電磁波として異星人に送り返すという試みを始めた。
「もし、彼らが感情を直接理解できるのなら、我々が望む感情を彼らに伝えることで、コミュニケーションが可能になるはずです!」
そして、歴史的な瞬間が訪れた。ケンジが、地球人の「友好的な歓迎」という感情を込めた電磁波を異星人に送信したところ、異星人の船体から、これまでとは異なる、穏やかな光が放たれたのだ。
歓喜に沸く地球連邦政府。彼らはすぐに、より複雑な感情や概念を伝える試みを始めた。「平和」「協力」「知識の共有」。
しかし、ここで予期せぬ問題が発生した。異星人からの反応が、常に我々の意図したものと一致しないのだ。例えば、「平和」という感情を送ると、彼らからは「倦怠」という感情が返ってきた。また、「知識の共有」を送ると、「混乱」という感情が返ってくることもあった。
専門家たちは頭を抱えた。一体何が問題なのだろうか?
ケンジは、自分のプログラムをさらに深く解析し、ある恐ろしい可能性に気づいた。彼のプログラムは、確かに地球人の感情を正確に読み取り、異星人に伝達していた。しかし、異星人はその感情を、彼ら自身のフィルターを通して受け取っていたのだ。
異星人にとって、「平和」とは、刺激のない、退屈な状態を指すのかもしれない。あるいは、「知識の共有」とは、彼らにとっては理解不能な、無秩序な情報の羅列と映るのかもしれない。
つまり、我々が送り出す感情は、彼らの認識する「感情」とは、根源的に異なるものだったのだ。
この事実に気づいたケンジは、地球連邦政府に報告した。
「彼らは、我々の感情を理解しています。しかし、彼らの感情の概念は、我々のそれとは全く異なるようです。我々が『愛』と送っても、彼らにとっては『消化不良』と認識されている可能性があります。」
政府要人たちは顔を見合わせた。これでは、まともなコミュニケーションなど望めない。
「では、どうすればよいのだ? このままでは、彼らは我々を理解できない、あるいは不愉快な存在だと判断してしまうかもしれない!」
ケンジは静かに答えた。「方法が一つだけあります。彼らに、我々が理解しやすい感情を、我々の言葉で教えてもらうのです。」
そして、ケンジは再びプログラムを改良した。今度は、異星人が発する電磁波を、地球人の感情パターンに「強制的に」変換するプログラムだった。
「彼らが発する電磁波を、我々が理解できる感情に翻訳する。それが、彼らの感情を我々のフレームワークに落とし込む唯一の方法です。」
その日、異星人から発せられた電磁波が、ケンジのプログラムによって変換され、地球連邦政府の会議室にある巨大スクリーンに表示された。
そこには、奇妙な文字列が浮かび上がっていた。
「我々ハ、地球人ノ『経済的競争』ニ伴ウ『絶望』ト『希求』ノ波形ヲ認識シマシタ。コレハ、非常ニ興味深イ現象デス。」
政府要人たちは、その文字列を読み上げて、誰もが言葉を失った。彼らが最も関心を持っていたのは、我々の文化や科学ではなく、我々の最も人間的な、そして最も現代的な苦悩だったのだ。
ケンジは続けた。「彼らが次に送ってきた感情は、こう翻訳されました。」
スクリーンに新たな文字列が表示された。
「我々ハ、地球人ノ『ソーシャルメディア依存症』ニ伴ウ『承認欲求』ト『自己顕示欲』ノ波形ヲ認識シマシタ。コレハ、我々ノ文化ニハ存在シナイ、特異ナ感情デス。」
会議室には、重苦しい沈黙が広がった。異星人は、我々の最も醜悪で、最も滑稽な部分に、最大の関心を寄せているようだった。
ケンジは静かに語った。「どうやら、彼らは我々の感情を、我々が理解できる形で示してくれているようです。しかし、それが果たして、我々が彼らに伝えたいと願った『友好』や『平和』と同じ感情なのでしょうか。」
その後の異星人との「コミュニケーション」は、奇妙なものになった。彼らは地球のニュースやSNSを常に監視し、我々の感情の揺れ動きを分析し、それを我々が理解できる形に翻訳して送り返してきた。
「我々ハ、地球人ノ『政治家ノ虚偽』ニ伴ウ『不信感』ト『諦念』ノ波形ヲ認識シマシタ。コレハ、宇宙全体デ普遍的ナ現象デス。」
「我々ハ、地球人ノ『環境破壊』ニ伴ウ『罪悪感』ト『無力感』ノ波形ヲ認識シマシタ。コレハ、極めて効率ノ悪イ自己破壊プロセスデス。」
地球連邦政府は、異星人との「コミュニケーション」の成果について、国民に発表することを躊躇した。彼らが地球人に伝えているのは、我々の社会のひび割れ、欺瞞、そして醜い部分ばかりだったからだ。
しかし、ケンジは密かに、この翻訳されたメッセージをSNSに匿名で投稿し始めた。最初のうちは、フェイクニュースとして扱われたが、あまりにも的を射た内容に、徐々に真実味が帯びてきた。
やがて、多くの人々が、異星人からの「メッセージ」に耳を傾けるようになった。それは、自分たちがこれまで目を背けてきた、あるいは気づかなかった、社会の病巣を浮き彫りにするかのようだった。
「宇宙人にまで見透かされているなんて、我々は一体何をしているんだ?」
「このままでは、宇宙の恥だ!」
皮肉なことに、異星人との「コミュニケーション」は、地球人に大きな変化をもたらした。彼らの翻訳された感情は、人類に自分たちの愚かさを突きつける鏡となったのだ。
異星人は、相変わらず東京上空に静かに浮かび続けている。彼らが本当に何を考えているのか、誰にも分からない。しかし、一つだけ確かなことがある。彼らは、我々の最も奥底にある感情を、我々自身に突きつけることで、ある意味では、もっとも効果的なコミュニケーションを成立させていたのだ。
そして、ケンジは今日も、異星人から送られてくる電磁波を、地球人の感情に翻訳するプログラムを動かし続けている。次に、彼らが我々にどんな「感情」を突きつけてくるのか、少しばかりの期待と、拭い去れない不安を抱きながら。
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Q 星新一のような文体と内容で、3000字程度のSFショートショートを書いてください。宇宙人が登場するもので、地球人とのコミュニケーションに関わるようなものを希望します。ウイットや皮肉に富んだセンスのよいものをお願いします。
Geminiによる生成
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