「透明な壁の向こう側」

 

透明な壁の向こう側

わたしは、いつも透明な壁の向こうにいる。世界はそこにあって、人々は笑い、話し、手を取り合っている。わたしも確かにそこにいるはずなのに、壁が邪魔をして、その熱や重みを直接感じることはできない。ただ、音もなく、匂いもなく、触れることのできない世界の残像を、まぶたの裏に焼き付けることしかできないのだ。

朝が来るたびに、わたしは深い絶望を吸い込む。夜の闇がすべてを覆い隠してくれるあいだは、かろうじて自我を保っていられる。思考は鈍り、感情は沈殿し、ただ肉体だけが惰性で息をしている。しかし、夜明けとともに世界は色を取り戻し、人々の活動が始まる。その活気に満ちた波が、わたしの静寂を乱し、内側に閉じ込めていた醜いものを、いやおうなく水面に浮かび上がらせる。

ベッドから這い出すたび、わたしは自分の足が鉛のように重く、心臓が疲弊しきっているのを感じる。それは、数日徹夜した後のような、あるいは重い病から回復途上にあるようなだるさだ。だが、わたしは徹夜をしたわけでもなく、病に伏せっていたわけでもない。ただ、生きているという、そのこと自体が、途方もない疲労を生み出しているのだ。

鏡に映る自分を見る。そこにいるのは、生気のない目をした、やつれた顔の女だ。目の下にはいつも深い隈があり、肌は灰色がかった土気色をしている。口元は常にへの字に歪み、喜びや怒り、悲しみといった感情が、そこに宿ることはない。ただ、虚無が貼り付いているだけだ。この顔は、まるでわたしがこれまで生きてきた苦しみを、そのままトレースしたかのようだ。

会社に行くという行為は、わたしの精神をさらに削る。満員電車に揺られながら、人々はスマホを眺め、あるいは談笑している。誰もが何かに夢中になり、目的を持って動いている。わたしだけが、透明な壁の内側から、その光景を眺めている。彼らの言葉が、わたしの耳には届かない。彼らの笑顔が、わたしの目に焼き付くことはない。ただ、雑踏のノイズだけが、わたしの鼓膜を叩き、頭の芯まで響き渡る。

オフィスに着くと、わたしは自分のデスクに座り、パソコンの画面と向き合う。与えられた業務をこなす。手は動き、指はキーボードを叩く。だが、そこに意識はない。思考は別の場所を彷徨い、言葉にならない叫び声が、内側で木霊している。わたしは、まるで魂の抜け殻のように、その場に座っている。周囲の同僚たちは、当たり前のように会話を交わし、笑い合っている。彼らの声が、わたしには鉛のように重い。彼らの笑い声が、わたしの心をさらに深くえぐる。

昼休み。食堂で一人、弁当を食べる。周りでは、楽しそうな会話が飛び交っている。誰かのジョークに、大きな笑い声が上がる。わたしは、ただ黙々と食べる。味はしない。咀嚼するたびに、砂を噛むような感覚がする。わたしは、まるで透明なドームの中に閉じ込められているかのように、彼らの熱気を感じることができない。彼らとわたしを隔てる見えない壁が、そこには厳然として存在している。

家に帰っても、それは変わらない。部屋の電気をつけ、一人で座る。テレビをつけても、その音は遠く、言葉は意味を持たない。ただ、虚しい映像が流れ、意味のない光が視界を漂う。わたしは、まるでこの部屋にいないかのように、ただそこに存在している。何もする気になれない。何かをしたいと思うことすら、恐ろしい。それは、小さな期待が裏切られた時の、あの深い絶望をもう一度味わいたくないからだ。

眠りにつく前に、わたしはいつも考える。なぜ、わたしは生きているのだろう。目的も、意味も、喜びも、何も見出すことができないのに。ただ、呼吸をしている。ただ、心臓が動いている。それだけが、わたしをこの生に繋ぎ止めている。まるで、動かない肉の塊に、無理やり生命の火を灯されているかのように。

夜中に目が覚めることがある。真っ暗な部屋の中で、わたしは自分の呼吸の音だけを聞く。それは、まるで墓の中に閉じ込められた人間の、最後のあがきのような音だ。心臓の鼓動が、まるで警鐘のように、わたしの頭の中で響き渡る。生きている。その事実が、恐ろしい。生きているということは、この苦しみが続くということだから。

時折、耐えきれなくなることがある。理由もなく涙が溢れてくる。ただ、内側から溢れ出す、止めようのない悲しみが、わたしの全身を浸食する。それは、特定の何かが原因ではない。ただ、生きているという、そのこと自体が、果てしない悲しみを生み出しているのだ。

誰かに話を聞いてほしいと思うことは、決してない。言葉にすれば、この苦しみは薄れてしまう気がするからだ。薄れてしまえば、わたしは、ただの「元気がない人」になってしまうだろう。しかし、これは「元気がない」などという生易しいものではない。これは、魂が引き裂かれるような苦しみだ。誰にも理解できない、誰にも触れることのできない、わたしだけの地獄なのだ。

誰もが言う。「きっといいことがある」「頑張れば報われる」「もっと前向きに考えたら」。彼らは、透明な壁の向こう側から、無責任な言葉を投げつける。その言葉は、わたしには届かない。届いたとしても、それはただの空虚な音に過ぎない。わたしは、彼らの言葉が、自分に向けられたものではないことを知っている。彼らは、わたしという存在を、認識すらしていないのだから。わたしは、彼らの視界には映らない、透明な亡霊のようなものだ。

わたしは、この透明な壁の向こう側に、ずっと閉じ込められたままだろう。壁は、わたしを世界から隔てる。だが、同時に、世界がわたしに踏み込むことも許さない。この隔絶が、わたしを守っている。この苦しみは、わたしだけのものだ。誰にも汚されることのない、わたしだけの純粋な絶望なのだ。

息をすることすら、苦しい。

わたしは、今日も透明な壁の向こう側で、音もなく、匂いもなく、ただ、息を吸い続ける。

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Q　生きづらさを感じている人の内面を滲み出させるような、生の苦しみがほとばしる短編小説を5000字程度で書いてください。ネガティブな人が、これはわたしのことを言っていると思うような内容が望ましい。

Geminiによる生成