2025年5月23日金曜日

「悪魔の証明」  星Gemi一

 

悪魔は、つまるところ、ビジネスマンである。

地球の片隅、とある雑居ビルの最上階に、悪魔は事務所を構えていた。看板には「M.S.コーポレーション」とだけ記され、何の事業をしているのかは誰も知らない。ビルのオーナーでさえ、毎月きっちり振り込まれる家賃と、決して出ることのない煤けた煙突から、何となく「産業廃棄物処理業かなにかだろう」と高を括っていた。

悪魔の名は、メフィストフェレス。本名ではない。顧客の便宜を図るために、地球風の名をいくつか持っているうちの一つだ。彼の本名など、とてもではないが人類の舌では発音できないし、発音できたところで、その音の響きだけで精神に異常を来すだろう。そんな面倒事を避けるため、彼は常に簡素な仮名を名乗っていた。

メフィストフェレスの仕事は、契約。それも、魂の売買である。しかし、世間で言われるような、魂を食らうだとか、拷問にかけるだとか、そういった野蛮な真似はしない。彼は飽くまで、顧客の「願い」を叶え、その対価として「魂」を受け取るという、非常に効率的かつ合理的な商売を行っていた。

「さあ、次の顧客だ」

メフィストフェレスは、磨き上げられた黒檀のデスクに肘をつき、手元の端末を操作した。画面に映し出されたのは、ひどく憔悴しきった中年男性の顔。名は、田中一郎。ごくありふれた、平凡な名前だ。

呼び出しボタンを押すと、自動ドアが音もなく開き、田中一郎がよろよろと入ってきた。彼は、部屋の隅に置かれたソファに崩れ落ちるように座り、震える手でハンカチを握りしめている。

「ようこそ、田中さん。M.S.コーポレーションへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

メフィストフェレスは、にこやかな笑顔で応対した。その顔は、営業成績抜群の辣腕弁護士といった風情で、とてもではないが、地球の歴史の裏で様々な陰謀を操ってきた悪魔には見えない。

田中は、どもりながら話し始めた。

「私は…私は、会社をクビになりまして…妻には逃げられ、家も差し押さえられ…もう、何もかも嫌になりました。どうか、私に、もう一度、成功を…」

「なるほど。つまり、現状を打破し、再び輝かしい人生を手に入れたい、と。そういうことですね?」

メフィストフェレスは、田中が話し終えるのを待たずに、彼の言葉を要約した。悪魔にとって、人間の回りくどい言い回しは時間の無駄でしかなかった。

「はい、その通りです!どんなことでもいたします。どうか、私を助けてください!」

田中は、すがるような目でメフィストフェレスを見つめた。

「よろしい。では、契約の内容ですが…」

メフィストフェレスは、契約書を田中につきつけた。そこには、びっしりと細かい文字が書かれている。

「貴殿の願いは、全て叶えられます。ただし、その対価として、貴殿の魂を頂戴いたします。期間は、貴殿の寿命が尽きるまで。つまり、貴殿が死を迎えた時、魂は我々のものとなる。異存はありませんね?」

田中は、一瞬ためらった。しかし、彼の頭の中には、どん底の現状から抜け出したいという一心しかなかった。彼は震える手でペンを取り、躊躇なくサインした。

「ありがとうございます!これで、私も…」

田中は、安堵の息をついた。

「ええ、これで貴殿は、もう一度、成功の階段を登ることができるでしょう。では、ご希望は?」

「えっと…まず、お金が欲しいです。たくさん!」

「承知いたしました。貴殿の銀行口座に、当社の規定により、然るべき金額が振り込まれる手はずとなっております。そして、再就職もあっせんいたしましょう。ただし、貴殿が希望する職種ではありませんが、少なくとも生活に困ることはないでしょう」

メフィストフェレスの言葉通り、田中の銀行口座には見慣れない大金が振り込まれ、彼はすぐに小さな町工場に再就職することができた。給料は決して高くないが、衣食住には困らない。しかし、彼はどこか不満げだった。

「これでは…これでは、以前の私と何も変わらないではないか!」

田中は、メフィストフェレスの事務所を再び訪れた。

「成功したかったのです!大金を稼ぎ、贅沢な暮らしを…」

「なるほど。貴殿が望んだのは『成功』であり、『大金』ではなかったと。しかし、貴殿は確かに『お金が欲しい』と仰られました。私どもは、顧客の要望を正確に捉え、それを実現するのみでございます。誤解を招くような曖昧な表現は、避けていただきたく存じます」

メフィストフェレスは、淡々と告げた。田中は何も言い返せない。

「では、次に何を望みますか?」

「私は…私は、愛されたい!私を愛してくれる、美しい女性が欲しい!」

田中は、今度こそ具体的に願った。

「承知いたしました。当社の規定により、貴殿に相応しい女性と巡り合わせます。ただし、彼女は貴殿の容姿や財産には一切興味を示しません。貴殿の内面のみを愛するでしょう」

メフィストフェレスの言葉通り、田中はすぐに一人の女性と出会った。彼女は確かに美しく、優しく、田中の全てを受け入れてくれた。しかし、田中はどこか満たされない。

「彼女は…彼女は、私の才能や、私の成し遂げたことには全く興味がないようだ。ただ、私が私であるというだけで愛している…」

田中は再びメフィストフェレスの事務所を訪れた。

「私は、もっと、認められたいのです!私が成し遂げた偉業を、人々が称賛し、敬意を払ってくれるような…」

「なるほど。貴殿は『愛』を望みながら、『承認欲求』を満たしたかったと。しかし、貴殿は確かに『愛されたい』と仰られました。私どもは、顧客の要望を正確に捉え、それを実現するのみでございます。誤解を招くような曖昧な表現は、避けていただきたく存じます」

メフィストフェレスは、またも淡々と告げた。田中は、自分の愚かさを噛みしめるしかなかった。

悪魔の仕事は、実に難儀なものだった。人間というものは、自分の本当の望みが何であるかを、ほとんど理解していない。彼らは漠然とした「幸せ」や「成功」を口にするが、具体的に何をすればそれが手に入るのか、それを手に入れたとして、本当に満足するのか。そこまで深く考えていないのだ。

そして、悪魔は決して嘘をつかない。ただ、人間の言葉の裏に隠された真意まで汲み取る義務はない、というだけの話だ。

田中はその後も、何度もメフィストフェレスの元を訪れた。名声、権力、健康、若さ…彼が望むものは、その都度、メフィストフェレスによって叶えられた。しかし、その度に、田中は満たされない思いを抱き、また新たな欲望を口にする。

ある時、田中は、全てを手に入れたかに見えた。彼は巨万の富を築き、人々から尊敬され、美しい妻と子供に囲まれていた。しかし、彼の顔には、常に疲労の色が浮かんでいた。

「もう…もう、何も望むものはありません」

田中は、メフィストフェレスの事務所で、力なくつぶやいた。

「そうですか。では、契約通り、貴殿の魂を頂戴いたします」

メフィストフェレスは、にこやかに言った。その言葉を聞いた瞬間、田中はぞっとした。彼の人生は、悪魔の契約によって、見せかけの幸せで満たされていただけだったのだ。本当に欲しかったものは、結局、何一つ手に入に入れることはできなかった。

「ま…待ってください!私は…私は、本当の幸せが欲しかった!こんな、見せかけの幸せではない!」

田中は叫んだ。

「本当の幸せとは、何でしょうか?」

メフィストフェレスは、首を傾げた。その顔には、一切の悪意も、嘲笑もない。ただ純粋な疑問が浮かんでいるだけだった。

「それは…それは…」

田中は、言葉に詰まった。彼は、死を目前にして初めて、自分が何を欲していたのかを、真剣に考え始めた。しかし、時すでに遅し。彼の魂は、肉体からゆっくりと剥がされ、メフィストフェレスのコレクションの一つとなった。

「さて、今日の収穫は、実に興味深いものだった」

メフィストフェレスは、満足げに呟いた。彼は、田中の魂を、自らの保管庫に丁寧に収めた。そこには、数えきれないほどの人間の魂が、整然と並べられていた。どれもこれも、彼らが望んだ「幸せ」の残骸である。

悪魔は、再び磨き上げられた黒檀のデスクに座り、次の顧客の情報を呼び出した。画面に映し出されたのは、ひどく憔悴しきった中年女性の顔。名は、佐藤花子。ごくありふれた、平凡な名前だ。

メフィストフェレスは、にこやかに微笑んだ。彼の商売は、これからも続く。人間が、自分自身の欲望を正確に把握できない限り、悪魔の契約は永遠に締結され続けるだろう。

畢竟、悪魔は、人間の「愚かさ」を証明するために存在しているのかもしれない。そして、人間は、悪魔の存在を証明するために、今日もまた、漠然とした「幸せ」を求め続けるのだ。


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Q 星新一のような文体と内容で、3000字程度のSFショートショートを書いてください。悪魔などスピリチュアルな存在が登場するもので、ウイットや皮肉に富んだセンスのよいものをお願いします。


Geminiによる生成


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