ある日、町の片隅に奇妙な自動販売機が現れた。古びた鉄の箱で、表面には錆が浮き、ボタンもディスプレイもなかった。ただ、正面に小さなスロットと「願いを入れてください」と書かれたプレートがあるだけだ。コンドウは、その前を通りがかったとき、ふと足を止めた。
コンドウは平凡な男だった。三十五歳、独身、会社員。給料はそこそこだが、昇進の望みは薄く、恋人もいない。趣味はネットで動画を見ることくらいで、人生に特別な目標はなかった。そんな彼が、自動販売機の前に立つと、なぜか胸がざわついた。
「願い、ねえ……」
彼はポケットを探り、千円札を一枚取り出した。どうせ詐欺だろう、と思いながらも、スロットに札を差し込んだ。すると、ガタンと音がして、機械の奥から低い声が響いた。
「願いを述べなさい。ただし、代償が必要だよ」
コンドウは驚いて後ずさった。声の主は見えない。だが、好奇心が勝った。彼は少し考えて、こう言った。
「じゃあ、億万長者になりたい」
「ふむ。億万長者、悪くないね。代償は……そうだな、君の『退屈な日常』をいただこう。どうだ?」
コンドウは笑った。退屈な日常? そんなもの、捨ててしまいたいくらいだ。
「いいよ、それでいい。契約成立だ」
自動販売機は再びガタンと音を立て、どこからともなく紙幣の束が吐き出された。コンドウが拾い上げると、それは本物の札だった。数えるまでもなく、億単位の金額がそこにあった。彼は目を輝かせ、家に駆け帰った。
翌朝、コンドウは豪邸に住んでいた。銀行口座には桁違いの数字が並び、高級車がガレージに停まっていた。彼は会社を辞め、世界中を旅し、美食を楽しみ、望むものは何でも手に入れた。しかし、しばらくすると奇妙なことに気づいた。どんな贅沢をしても、どんな冒険をしても、心が満たされないのだ。まるで、何か大事なものが欠けているようだった。
ある夜、コンドウは高級ホテルのスイートルームで、ふとあの自動販売機のことを思い出した。彼は町に戻り、夜の闇にひっそりと佇むその機械を探し出した。
「おい、悪魔! 出てこい!」
彼は叫んだ。すると、またあの低い声が響いた。
「やあ、億万長者。どうした? 不満でも?」
「不満だらけだ! 金はある、物もある、なのに何も面白くない! 退屈な日常を返してくれ!」
悪魔はクックッと笑った。
「退屈な日常、ねえ。それはもう私のコレクションの一部だ。返してほしければ、新しい契約が必要だよ。たとえば……君の『記憶』はどうかな?」
コンドウは凍りついた。記憶? それはさすがにまずい。だが、億万長者の生活に耐えられないほど空虚な自分がいるのも事実だった。彼は迷った末、こう言った。
「わかった。記憶をやる。ただし、退屈な日常をちゃんと返せよ」
「契約成立」と悪魔は答えた。自動販売機がガタンと鳴り、コンドウの視界が一瞬暗くなった。
目が覚めると、コンドウは狭いアパートのベッドにいた。時計は朝の七時を指している。いつもの時間、いつもの部屋。彼は慌てて会社に向かい、いつものように書類を整理し、同僚と他愛もない話をした。昼にはコンビニの弁当を食べ、夜はネットで動画を見て寝た。すべてが、かつての「退屈な日常」そのものだった。
だが、どこか違和感があった。コンドウは自分の名前を思い出せなかった。鏡を見ても、顔が自分のものだと確信できなかった。会社では誰も彼に話しかけず、まるで透明人間のようだった。彼は焦り、自動販売機の前に再び立った。
「おい、悪魔! どういうことだ! 記憶を奪ったせいで、俺は誰だかわからないじゃないか!」
悪魔の声は、どこか楽しげに答えた。
「記憶を奪ったのは契約通りだよ。君は退屈な日常を取り戻した。それで十分じゃないか? それとも、また新しい契約を?」
コンドウは怒りに震えたが、悪魔の言葉には妙な説得力があった。確かに、退屈な日常は戻ってきた。誰も彼を知らない、名前も顔も曖昧なままでも、平凡な日々はそこにあった。彼はしばらく考え、こう言った。
「なら、俺の『存在』を返してくれ。誰かとして生きられるようにしてくれ」
悪魔は一瞬沈黙し、ゆっくりと言った。
「存在、か。面白いね。代償は……そうだな、君の『未来』だ。どうだ?」
「未来?」コンドウは眉をひそめた。「それって、つまり死ぬってことか?」
「まさか」と悪魔は笑った。「未来とは、可能性だよ。君がこれから何かを成し遂げるかもしれない、変わるかもしれない、そういう不確定なものを私にくれればいい。代わりに、君は『コンドウ』として存在できる。誰もが君を認識し、君の人生はしっかりとしたものになる。悪くない取引だろ?」
コンドウは迷った。未来を失うのは怖かったが、今の幽霊のような状態も耐え難かった。彼は深呼吸し、決断した。
「いい。契約成立だ」
自動販売機がガタンと鳴り、コンドウの身体に暖かいものが流れ込んだ。彼は鏡を取り出し、自分の顔を見た。確かに、自分だ。会社に戻ると、同僚が笑顔で挨拶し、上司が彼の名前を呼んだ。すべてが元通り、いや、それ以上にしっかりとした現実感があった。
それから数年、コンドウは平凡な生活を続けた。結婚し、子供もできた。会社ではそこそこの地位に就き、休日は家族と公園で過ごした。だが、ある日、彼はふと気づいた。何をしても、新しい挑戦をしても、どこかで同じことの繰り返しに感じるのだ。まるで、人生が一本のレールの上を進むだけで、別の道を選ぶ可能性がまったくないかのようだった。
彼は再び自動販売機の前に立った。
「悪魔! 俺の未来を返せ! この人生、悪くないけど、何か物足りないんだ!」
悪魔の声は、どこか疲れたように答えた。
「未来はもう私のものだよ。君は存在を手に入れた。それで満足すべきじゃないか? それとも、また契約を?」
「もういい!」コンドウは叫んだ。「お前との契約はこれで終わりだ! もう二度と来ない!」
悪魔は静かに笑った。
「そうか。なら、いい人生をな。君の選択は、悪くなかったよ」
コンドウは踵を返し、自動販売機を後にした。その背中を見ながら、機械の奥で悪魔はつぶやいた。
「人間ってのは、いつも同じだ。欲しいものを手に入れても、別の何かを欲しがる。そして、結局は自分の選択を後悔するんだ」
次の日、自動販売機は別の町に現れた。そこにはまた、新しい客がやってくるだろう。願いを手に、代償を差し出すために。
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Q 星新一のような文体と内容で、3000字程度のSFショートショートを書いてください。悪魔などスピリチュアルな存在が登場するもので、ウイットや皮肉に富んだセンスのよいものをお願いします。
Grokによる生成
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