2025年5月23日金曜日

「完全なる瑕疵」  星Gemi一

 

 ギルバートは今日の仕事に満足していた。依頼はいつもと同じく、とある企業の重役の抹殺。場所は彼のオフィス。いつものように完璧な手順で、ターゲットは机に突っ伏したまま、まるで疲れて眠りこけたかのように息絶えていた。毒物だった。痕跡は残らない。

ギルバートは自分の仕事を愛していた。それは芸術であり、科学であり、そして何よりも精密な機械のようだった。彼の殺人は、まるで計算し尽くされたかのように、常に完璧な結果をもたらした。失敗など、彼の辞書には存在しない。

「お疲れ様でした、ギルバートさん」

背後から、なめらかな声が聞こえた。振り向くと、そこに立っていたのは、いつも彼に仕事を持ってくる男、通称「コーディネーター」だった。彼はいつもスーツを完璧に着こなし、その顔には感情らしいものが浮かぶことはなかった。

「もう終わりか」ギルバートは言った。「相変わらず手際がいい」

「当然です」ギルバートは胸を張った。彼は完璧なプロフェッショナルだった。「今回の件も、いつものように痕跡はゼロです」

コーディネーターはゆっくりとギルバートに近づいた。その無表情な顔に、わずかな笑みが浮かんだように見えた。

「ええ、その通りです。痕跡はゼロ。ただ一つ、完璧な計画に、ほんのわずかな……瑕疵がございました」

ギルバートは眉をひそめた。瑕疵?そんなはずはない。彼は自分の仕事に絶対の自信を持っていた。

「どういうことだ?」

コーディネーターはデスクに突っ伏した重役の死体をちらりと見た。

「ターゲットは、彼の秘書によって発見されました。ええ、それは問題ありません。しかし、その後の対応が……少々、予想外でした」

ギルバートは不快感を覚えた。彼の殺人は、常に後続の事態まで計算に入れていた。発見されても、それが殺人だと断定される証拠は残さない。自然死に見せかける。それが彼の流儀だった。

「秘書が、警察を呼ばなかったのです」

コーディネーターの言葉に、ギルバートは一瞬、思考が止まった。警察を呼ばない?そんな馬鹿な。

「どういうことだ?」

「秘書は、ターゲットの死体を見て、最初に何をしたと思いますか?」

ギルバートは沈黙した。そんなことは、彼の計算には入っていなかった。

「彼女は、ターゲットの机の引き出しを開け、中から一通の封筒を取り出しました。そして、それを自分の鞄にしまい込んだのです」

ギルバートの顔に、明確な苛立ちが浮かんだ。それは、彼の完璧な計画に、予測不能な要素が介入したことを意味していた。

「そして、その封筒の中身は、どうやらターゲットが残した、巨額の財産を巡る遺書だったようです」

コーディネーターは淡々と続けた。

「秘書は、その遺書を改ざんし、自らが最大の受取人となるよう工作しました。彼女は、ターゲットが自然死に見えるように、彼の衣服を整え、机の上の書類を片付け、あたかも彼が仕事中に眠りについたかのように偽装したのです。そして、彼女は、この死を、外部に知られないよう、完璧に隠蔽しようとしました」

ギルバートは呆然とした。彼の殺人は、ターゲットの自然死を偽装するためのものだった。しかし、その自然死を、まったく別の目的のために、別の人間が利用し、さらに完璧に隠蔽したというのだ。

「結果として、ターゲットの死は、秘書の緻密な策略によって、完全に秘匿されました。警察の捜査が入ることもなく、解剖が行われることもなく、彼の死は、社内の一部の人間にしか知らされず、その原因も、極秘裏に処理されました」

コーディネーターは、満足げな顔で言った。

「つまり、ギルバートさん。あなたの殺人は、完璧に成功しました。毒物によってターゲットは確かに息絶え、痕跡も残っていません。しかし、その殺人が引き起こすべき連鎖は、別の人間によって、まったく異なる方向にねじ曲げられてしまったのです」

ギルバートは、自分の仕事が、まるで誰かの計画の、一部分として利用されたかのように感じた。それは、彼にとって耐え難い屈辱だった。

「……私の仕事の目的は、ターゲットを抹殺することだった。それは達成された」

ギルバートは、かろうじて声を絞り出した。

「ええ、その通りです。ですが、我々が今回の依頼を受けた真の目的は、ターゲットの死によって、彼の会社の株価を暴落させ、特定の人物がその株を安値で買い占める機会を創出することでした」

コーディネーターは、肩をすくめた。

「しかし、秘書によって死が隠蔽されたため、会社の株価はほとんど変動しませんでした。むしろ、ターゲットの死が秘匿されたことによって、社内の不穏な動きが抑制され、株価は安定傾向にあります。我々の依頼人は、大きな損失を被りました」

ギルバートは、頭を抱えたくなった。彼の完璧な殺人が、まったく意図しない結果を招いたのだ。それは、彼の職人としてのプライドを粉々に打ち砕くものだった。

「では……報酬は?」

ギルバートは、弱々しい声で尋ねた。

「残念ながら、今回の報酬は発生しません」コーディネーターは、無慈悲に言い放った。「我々の目的が達成されなかった以上、ギルバートさんの仕事は、結果的に無意味であったと言わざるを得ません」

ギルバートは、言葉を失った。彼は、これまで一度も報酬を支払われなかったことはなかった。彼の仕事は、常に完璧な結果をもたらし、それに見合った対価を得ていた。

「しかし……私の仕事は、完璧だったはずだ!」

ギルバートは、叫んだ。

「ええ、殺し屋としての仕事は完璧でした。しかし、ビジネスとしての仕事は、完璧ではなかった。それが、この世界のルールです」

コーディネーターは、冷淡な視線をギルバートに向けた。

「あなたのようなプロフェッショナルは、常に結果を求められます。どれほど完璧な手順を踏んでも、結果が伴わなければ、それは無意味なのです」

ギルバートは、打ちひしがれた。彼は、自分の殺人が、まるで何の価値もないものだったかのように感じた。

「では、あの秘書は……」

ギルバートは、歯ぎしりした。あの女が、彼の完璧な仕事を台無しにしたのだ。

「彼女は、我々の計画を無意識に妨害したに過ぎません。彼女には、何の悪意もありません。ただ、自らの利益を追求しただけです」

コーディネーターは、静かに言った。

「それに、彼女はすでに、ターゲットの財産を手に入れたようです。彼女は、この街で最も裕福な人間の一人になりました」

ギルバートは、その言葉に、胸の中で何かが爆発するのを感じた。彼は、完璧な殺人を成し遂げたにもかかわらず、何も得られなかった。それどころか、彼の仕事は、他人の利益のために利用され、その結果、彼は報酬すら得られなかったのだ。

「では、次の仕事は?」

ギルバートは、絞り出すような声で尋ねた。

コーディネーターは、少し考えてから言った。

「そうですね……ギルバートさんには、今回の件で、反省していただく必要があるかもしれません。しばらく、お仕事の依頼は控えさせていただきます」

ギルバートは、絶望した。彼の人生は、殺し屋としての仕事に全てを捧げてきた。それが、彼の存在意義だった。それが、今、否定されたのだ。

「では……どうすればいい?」

「そうですね……」コーディネーターは、デスクに突っ伏した重役の死体を、もう一度ちらりと見た。「まずは、ビジネスの勉強から始めてみてはいかがでしょうか?世の中は、あなたが思っているよりも、複雑な仕組みで動いていますよ」

ギルバートは、その場に立ち尽くした。彼の完璧な殺人は、まるで子供のお遊びのように、世間の大きな流れの中で、あっけなくかき消されてしまった。

その日、ギルバートは、自分が殺し屋として、いかに未熟であったかを思い知らされた。彼は、自分の仕事の「成功」が、常に「結果」を伴うものでなければならないという、単純な事実を忘れていたのだ。

彼が完璧だと思っていたものは、たった一つの「瑕疵」によって、何の価値も持たないものに成り下がってしまった。その「瑕疵」は、彼の仕事の完璧さとは、まったく別の次元に存在していた。

ギルバートは、空っぽのオフィスを後にした。彼のポケットには、何の報酬も入っていなかった。そして、彼の心の中には、新たな決意が芽生えていた。

彼は、ビジネスを学ぶことを決意した。そして、いつか、自分の殺人が、真に「完璧な結果」をもたらすものとなるように、世界の裏側で、静かに、しかし着実に、新たな知識と戦略を身につけていくことを誓った。

それは、殺し屋ギルバートの、新たな始まりだった。彼が次に狙うターゲットは、もしかしたら、会社の株価を操る、見えない「システム」そのものなのかもしれない。そして、その時、彼は、本当に「完全なる殺し屋」となるのだろう。

ただし、それは、ずっと先の話である。


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Q 星新一のような文体と内容で、3000字程度のSFショートショートを書いてください。殺し屋が登場するもので、ウイットや皮肉に富んだセンスのよいものをお願いします。


Geminiによる生成



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