鬼灯村異聞(ほおずきむら いぶん)
一
昭和二十八年の梅雨のさなか、わたし――信濃耕作は、ある風変わりな依頼を受けて、岡山県の山間にある小村、「鬼灯村」へと赴くこととなった。依頼主は東京に住む医師・西脇恒太郎氏で、「十七年前に消息を絶った妹の消息を確かめてほしい」というものであった。妹の名は、西脇菊乃。
「鬼灯村には“戻らずの谷”という場所がある。妹はその近くの旧家に嫁いだが、それきり消息がわからなくなった……」
不穏な名の谷に興味を惹かれたのもあり、わたしは調査を引き受けた。
岡山駅から二つ山を越え、鬱蒼とした杉林を抜けた先に、鬼灯村はひっそりと存在していた。民家はわずか二十軒足らず。村の中心には、苔むした神社が鎮座していた。
宿に着いて間もなく、わたしは目当ての旧家――「久世家」へ向かった。かつて菊乃夫人が嫁いだ家である。
門をくぐると、庭に白い着物を着た老女が立っていた。年のころは六十を越えているようだったが、背筋がしゃんと伸び、どこか気高い雰囲気をたたえている。
「おまえさん、よそから来た人じゃろう。……まさか、あの人のことを聞きに?」
まるでわたしの目的を見透かしたような口調であった。
「西脇菊乃さんのことをご存じですか?」
「知っておるとも。あの人は……鬼に喰われたのじゃ」
老女はそう言って、笑い声とともに屋敷の奥へと消えた。
わたしはその日、宿で村の古老に話を聞いた。
「久世家いうんはな、元は薬種問屋で大きう儲けとったんじゃが……先々代の時分に、嫁を山の神に捧げるいう因習をやめてから、災いが立て続けに起きてのう。今じゃ“祟り屋敷”よ」
山の神への人身御供。現代にそんな話が生きているとはにわかに信じがたかったが、古老は真顔で言った。
「山の神は女じゃ。鬼灯様いうてな。嫁いだ女を“贄(にえ)”として喰うんじゃよ」
それが迷信であることを願いながら、わたしは夜、宿の窓から久世家の方角を眺めた。月の光に照らされ、屋敷の影が黒く地面に落ちていた。
二
翌日、わたしは再び久世家を訪れた。出迎えたのは、若い女中で、「お内儀様は床に臥せっております」と言われた。昨日の老女であろう。
代わりに応接間へ通されたのは、久世家の主人――久世大吾郎だった。五十を過ぎた無精髭の男で、目は血走っていた。
「菊乃の件で来たのか。……あれは“選ばれた者”だったのだ」
そう言うと、大吾郎は押し黙った。わたしが詰問すると、ポツリと漏らした。
「菊乃は……戻らずの谷で死んだ。いや、消えた、と言った方が正しいか」
「事故ですか? それとも……」
「それ以上は訊くな。あれは、そういう“定め”だったのだ」
この屋敷には何かがある――そう確信し、わたしは夜、屋敷の周囲を密かに調べることにした。提灯を手に、裏手の納屋を覗くと、煤けた木箱の中から、無数の白骨が出てきた。動物のものではない。どう見ても、人間の――それも女のものだ。
それとともに、奇妙な赤い実が詰まった壺がいくつも並んでいた。
「鬼灯じゃよ……それは“贄”の血から育てたもんじゃ」
背後から、昨日の老女が現れた。
「誰も救えん。この村は……鬼に喰われて生きとる。わしらはその残り滓(かす)じゃ」
老女の顔は笑っていたが、涙が頬を伝っていた。
三
村の言い伝えによれば、鬼灯村は戦国時代、落ち武者が築いた隠れ里であり、生き延びるために“山の神”を祀る呪術を行っていたという。その生贄として、代々「久世家に嫁いだ女」が捧げられた。現代になっても因習は絶えず、西脇菊乃もまた、その犠牲となった可能性が高い。
その夜、再び納屋を訪れると、土間に何かが転がっていた。黒く乾いた血。……そして、その上には白無垢の女が倒れていた。顔は腐乱していたが、胸元にあったペンダントに「KIKUNO」と彫られていた。
警察を呼ぼうとした瞬間、背後で軋む音がした。大吾郎だった。手には鍬を持っている。
「見たな……おまえも“贄”になるんじゃ」
その声に、何かが切れた。わたしは必死に逃げ、転び、山の中へ走った。霧が立ち込め、道を見失いかけたその時――わたしは谷に出た。
“戻らずの谷”。
足元に、白い足袋の跡が続いていた。その先に、何かが立っていた。
白無垢の女。顔は見えない。だが、全身から血の匂いが立ち昇っていた。
「……あなた、きっと、わたしを……」
女の口が動いた。
「たすけに……来て、くれたのね……」
それを最後に、意識が途切れた。
四
気づけば、わたしは村の神社の前で倒れていた。全身に冷たい雨が降り注いでいた。
久世大吾郎は、その後、屋敷の床下で首を吊っているのが見つかった。遺書には「祟りから逃れる術はなかった」とだけ書かれていた。
久世家は取り壊され、谷も封鎖された。鬼灯の木はすべて伐採され、跡形もなくなった。
けれども――
あの夜見た白無垢の女は、確かにわたしに語りかけたのだ。
村を出るとき、駅の売店で奇妙なものを見つけた。
一つだけ、赤く灯るような、乾いた実。
鬼灯だった。
売店の老婆は言った。
「ああ、それ、村の山奥から落ちてきたんじゃよ。めったに採れん、特別なもんじゃ」
わたしは無言で頷き、それを手に取った。指先に、かすかな血のような香りが残った。
========
Q 横溝正史のような、因習にまみれたおどろおどろしいミステリーを、短編小説として書いてください。横溝正史の世界観を踏まえたものが望ましい。10000字程度でお願いします
ChatGPTによる生成
0 件のコメント:
コメントを投稿