蛇ノ目村異聞(じゃのめむら いぶん)
一 呼ばれた者
昭和二十七年の晩夏、私は大学の恩師である民俗学者・朝比奈教授の依頼で、山陰の奥にひっそりと存在する「蛇ノ目村」を訪れることになった。
蛇ノ目村――それは、地図にも明記されていない辺鄙な山中にある寒村で、古くから「外法(げほう)の村」として知られていた。教授によれば、村には「忌(い)み子」と呼ばれる風習が今なお残っており、その実態調査をしてほしいという。
教授から託された紹介状を手に、私は汽車とバスを乗り継ぎ、さらに山道を三里ばかり歩いてようやく蛇ノ目村の入り口に辿り着いた。
日が落ちかけた空の下、村は一面の湿った霧に包まれていた。杉木立の影が濃く、異様な静けさの中、私は自分の靴音さえ不吉な音に聞こえた。
村の入り口には石の鳥居があり、そこには黒ずんだ墨文字でこう記されていた。
「此処ヨリ先、転(うた)た命ヲ喪フ」
誰が刻んだかは定かではないが、その言葉はまるで、よそ者を拒む呪いのように私の背筋を冷たく撫でた。
二 当主と巫女
村での宿泊先は、旧家「蛇谷(じゃたに)家」の離れと決まっていた。
蛇谷家は代々この村の庄屋を務めており、現当主・蛇谷玄悦(じゃたに げんえつ)は、村人から「御頭(おかしら)さま」と呼ばれている人物だった。
屋敷は黒漆の塀に囲まれ、まるで時代劇のセットのような重々しい佇まいだった。門をくぐると、古びた石灯籠の影から、白装束の女が静かに現れた。
「ようこそ……先生さま」
そう言って私を迎えたのは、**沙夜(さよ)**と名乗る、二十代前半の娘であった。無表情で、瞳の奥に冷たい光を宿した彼女は、玄悦の遠縁にあたるという。
沙夜はこの村に代々伝わる「神女(かみおんな)」、つまり巫女の末裔であり、年に一度の「御霊鎮(みたましずめ)の儀」において重要な役を担うという。
その儀式こそが、この村の因習の中核であり、私の調査対象であった。
三 御霊鎮の儀
村では毎年、八月の晦日に「御霊鎮の儀」が執り行われる。
それは村に災いをもたらす“蛇神”を鎮めるための祭事であり、中心となるのは、かつて村で生まれた「忌み子」の魂を弔うという内容だった。
忌み子とは――
・双子として生まれた片方
・左利きの女児
・産後七日以内に泣かぬ子
・生まれながらに蛇の痣を持つ者
これらはいずれも「蛇神の生まれ変わり」とされ、出生後間もなく命を奪われ、山の中腹にある「蛇穴(じゃけつ)」と呼ばれる岩窟に投げ込まれるのだという。
私は戦慄した。昭和も二十年を過ぎてなお、このような非科学的な虐殺が密かに行われていたとは――。
「先生、あれは祀りです。殺しではありません」
沙夜は感情のない声で言った。
「祟りを防ぐためには、血を捧げねばならないのです」
四 消えた少女
私が村に着いた翌日、ひとりの少女が失踪した。
名は「美弥(みや)」、十歳になる蛇谷家の分家の子だ。
村人たちは動揺した様子もなく、「御神意じゃ」「蛇神が喰(くら)うた」と、口々に言った。だが私はすぐに警察に通報しようとした。
しかし、蛇谷玄悦は私を静かに制した。
「先生……村には村の理(ことわり)がある。外法の理を他所の法では測れん」
その夜、私は沙夜から重大な告白を受けた。
「先生、美弥は“選ばれた”のです。忌み子の代わりに捧げる贄として」
彼女の手は震えていたが、その表情はどこか安堵すら感じさせた。
五 蛇穴
八月三十一日。
御霊鎮の儀が、月の出を待って執り行われた。
村の男たちは白装束を纏い、太鼓を打ち鳴らしながら山中へ進む。沙夜は赤い狩衣(かりぎぬ)に身を包み、金色の蛇の仮面をつけていた。
私も無理やり列に加えられ、山腹の「蛇穴」へと導かれた。
洞窟の前で儀式は始まった。松明の炎が揺れる中、美弥の姿が現れた。手足を縛られ、口には白布が詰められていた。
私は叫び、制止しようとしたが、村人たちは誰も聞く耳を持たなかった。
「蛇神よ、忌まわしき魂を、どうか鎮め給え――」
玄悦が唱えたその瞬間、沙夜が突然叫んだ。
「いや……違う、この子ではない! 真の忌み子は、私だッ!」
仮面を捨て、沙夜は自らの首筋に浮かぶ蛇の痣を露わにした。
騒然とする村人たちを前に、沙夜は身を投げるようにして、蛇穴へと消えた。
六 蛇の声
その直後、洞窟の奥から異様な風が吹き出し、炎が渦を巻いて消えた。
「……見たか。これが、蛇神の眷属だ」
玄悦が呟いた言葉が、耳にこびりついて離れない。
村人たちは無言のまま、次々に頭を下げ、山を降りていった。
私は放心したまま、その場に立ち尽くしていた。
沙夜のあの告白と行動は、自らの血に終止符を打つための贖罪だったのか。
それとも、蛇神の導きによるものだったのか。
七 エピローグ
翌朝、村は何事もなかったかのように静まり返っていた。
美弥は無事保護され、何も覚えていないとだけ呟いた。
私は村を離れる際、再び石の鳥居の前に立った。
陽の光に照らされたその碑文は、昨夜と同じくこう記していた。
「此処ヨリ先、転た命ヲ喪フ」
私はその言葉の意味を、ようやく理解した気がした。
失われた命とは、他でもない、“理性”そのものなのだ。
========
Q 横溝正史のような、因習にまみれたおどろおどろしいミステリーを、短編小説として書いてください。横溝正史の世界観を踏まえたものが望ましい。10000字程度でお願いします
ChatGPTによる生成
0 件のコメント:
コメントを投稿